黒衣(くろこ)

静岡新聞(第12回)

 

(静岡新聞 2017年3月23日掲載)

 深夜、幻想的な光を放つ、風船のような形をした照明が道路上に一つ。その真下に、しゃがみ込み、黙々と作業をするいくつかの影。道路の段差を直す土木作業員だ。その姿は、照明のせいで真っ黒な人影にしかみえず、まるで黒衣(くろご)のようだ。

 黒衣は、「くろこ」とも言われ、歌舞伎などで、舞台上の俳優が演技をしやすいよう、小道具を渡したり衣装の着替えを手伝ったりする、真っ黒な衣装を着た人のこと。
自分は昔から、コンサートなどでも、どうしても照明などの裏方の動きが気になってしまう質(たち)だった。それは今の仕事を選んでからも変わらない。

 休日にもかかわらず、続々と集まってくる職員。急な雨で川の水位が急激に上がり始めたためだ。幸いにも水位がそれほど上がらず空振りに終わる。それでも「何もなくて良かった良かった」と呟(つぶや)きながら、帰路につく。
 雪に備え、スノーステーションに待機する。路面温度などを確認し、通勤時間までに、凍結防止剤をまく。大雪にならなくても、スリップの危険があると判断すれば何度も出動する。

 建設業だけではない。東日本大震災後、現地に行ったとき、不格好に直された電柱を何本も見た。電気がなければ始まらないからだ。また、普段の会議でも、じっと進行を見守り、発言者のもとへマイクを運ぶマイク係。そのまなざしに惹(ひ)かれる。

 人は誰でも誰かの黒衣であり、そうして世界は回っている。黒衣ほどかっこいい人はいない。そして、今多くの黒衣とともに仕事ができることを誇りに思う。