人は経験から学ぶのではない

『人は経験から学ぶのではない』
 
 ジョン・デューイは1900年前後に活躍したアメリカが生んだ偉大な哲学者で、「プラグマティズム」を代表する思想家ですが、その功績は、哲学のみにならず、教育学に大きな影響をもたらした人物です。(参考文献01より引用)
 
 今回は「プラグマティズム」は省略し、デューイが示した、「知識と経験に関して人間はどのような存在であるか」に焦点を当てます。
 デューイは、人間を下記のように描き出しています。(参考文献01より引用)
 
  1. 人間とは「知識を貯め込む容器」のような存在ではなく、「能動的に環境に働きかける存在」である。
  2. 人間は能動的に環境に働きかけて「経験」を積むことができる。
  3. 「経験」に対するリフレクション(反省的思考)を通して、人間は知を形成することができる。
 
 1.については、1900年代の従来の教育では、人間とはまるで容器のように知識やスキルを貯め込んでいける存在であり、そのため詰め込み教育こそが効果的なやり方であると認識されていました。これに対して、人間とは受動的な存在なのではなく、もっと自分の周りの状況や他者に対して働きかける存在であると提唱しました。
 そして、2.に示した、周りの環境に能動的に働きかけることをしている時、「経験」が生まれると言いました。ところが、この「経験」だけでは学んだことにならないとして、3.に示した、「経験」を反省し振り返ったときに、学びが生じ、能力や知識が向上していくとしたのです。(参考文献01より引用)
 
 この「リフレクション」は、反省的思考と書きましたが、もっと簡単にいけば、復習したり振り返ったりすることで、私は「振り返り」という表現が良いと思っています。
 つまり、人が学ぶには「経験」が必要だが、「経験」するだけでは学んだことにはならず、「経験」を「振り返った」時に学ぶのだ、ということです。
 
 
 このデューイの思想は、アメリカのみならず日本も含む後世の教育界に大きな影響を与えました。
 
 例えば、日本の1990年代には、「総合的な学習」という形をとり、「自ら課題を見付け、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、よりよく問題を解決する資質や能力を育てること」がねらいとされました。さらに、昨今の大学教育においても、グループワークやケーススタディを通じた教育が実施されるようになっています。(参考文献01、02に加筆)
 
 このデューイの影響は学校教育には1920年代から現れていましたが、企業での教育、つまり人材育成に活かされたのは1970年代に入ってからのことでした。
 1970~80年代に活躍した、組織行動学者のディヴィッド・コルブは、デューイの経験から学ぶという思想を、ビジネスパーソンにわかりやすいように、以下の「経験学習サイクル」として表現しました。(参考文献01より引用)
 
  1. Concrete Experiences:具体的体験
  2. Reflective Observation:内省的観察
  3. Abstract Conceptualization:抽象的概念化
  4. Active Experimentation:能動的実験
 
 人が職場で能力を高めるためには、まず経験が必要である(1.)。そして、今回体験した具体的事象を振り返り(2.)、他の事象にも使えるようなノウハウを引き出し(3.)、次の実践で使ってみる(4.)という一連の流れが必要である、というものです。(参考文献01に加筆)
 
 この一連の流れは、自分の経験上も、とても腑に落ちます。
 どんなに資料を読んでも、人から話を聞いても、それだけでは十分ではなく、自分で経験しないことには身についた気がしませんでした。
 そして、その経験を似たような案件や他の案件に使ってみることで、効率的・効果的なやり方や自分なりのやり方を身につけていくことができました。振り返りを意識的にやってはいませんでしたが、次の案件に取り組むとき、必ず似たような案件を調べたり、もっと良いやり方を工夫する中で、自然と振り返っていたんだと思います。
 また、自分がやりたい、もしくはやる意義を見い出せた仕事は、学びも多かったですが、ただやらされただけの仕事は、すぐに記憶から消えていき、疲れとむなしさだけが残りました。
 そして、部下を見ていると、ただやみくもに数をこなすのではなく、この振り返りがうまい人が成長が早かったような気がします。また、せっかく経験しても次の実践の機会を与えてあげなければ経験したことが容易に失われていくことも当然のことでした。
 
 この「振り返り」を仕事をする中で、意識的に、できれば手続き的とも言えるようなルーチンの中に組み込み、さらにチームや組織で共有できるようにしていきたいです。
 
 最後に、タイトルにも一部引用したジョン・デューイの言葉を載せておきます。
 
 We don't learn from experience. We learn from reflecting on our experience.
 私たちは経験から学ぶのではない、経験を振り返るときに学ぶのだ
 
 
参考文献:
01.「組織開発の探究」著:中原淳、中村和彦