読書メモ 「創造的な組織は逆説に満ちている」

 今回は、Harvard Business Review 2019年7月号から、ハーバード・ビジネススクールのピサノ教授が書かれた「創造的な組織は逆説に満ちている」を紹介します。
 

 
 「世界を席巻しているGoogleやAmazonなど、革新的な組織はいったいどうやって優れた新たなサービスを生み出し続けているのだろうか?」
 これらの世界的な企業でなくとも、「世の中の移り変わりが早い中、またグローバル化が進みどんどんと強力な競争相手が生まれてくる中で、どうやって新しい製品やサービスを生み出したらよいか?」とどの企業も考えているでしょう。
 もしくは、個人に目を向けると、「革新的なアイディアを生み出すことのできる組織で働きたい」と思っていたり、「もっとうちの組織で新たな解決策を生み出せないものか?」と思っているかもしれません。
 
 既存の研究成果で明らかになっているように、革新的な組織の特徴として以下のようなものがあります。
  1. 失敗を許容する
  2. 実験に積極的である
  3. 心理的安全性が保たれている(他者の反応に怯えたり羞恥心を感じることなく、自然体の自分を曝け出すことのできる環境や雰囲気のこと)
  4. 協働が盛ん
  5. 組織の階層が少ない(フラットな組織である)
 そして、これらの特徴から、「和気あいあいとして楽しい職場」という印象があるかもしれません。
 
 しかし、ピサノ教授は、これらの特徴は間違っていないが、これらの特徴を備えた組織の印象は「楽しく陽気な文化とはほど遠く」、5つの特徴については以下のように述べています。
  1. 失敗は許容するが、能力不足は許容しない
  2. 厳格な規律の下で、熱心に実験を行う
  3. 心理的安全性はあるが、単刀直入である
  4. 各人の責任を明確にしたうえでの協働
  5. 組織の階層は少ないが、リーダーシップは強い
 
 なかなかに逆説的です。そして、相反することを含んでいるがゆえに、マネジメントを行うリーダー、マネジャー、管理職は非常に難しい匙(さじ)加減を求められます。
 
 ピサノ教授はこれら一つ一つについて制度や事例など様々な観点から分かりやすく述べていらっしゃるので、ぜひ元の記事を読んで頂きたいですが、ここからは私自身も管理職の立場にあるので、管理職の役割という視点で一つ一つ見ていきたいと思います。
 
1.失敗は許容するが、能力不足は許容しない
 これは、失敗を許容する前提として、パッとしない技術スキルや、生ぬるい発想、悪しき業務習慣や稚拙なマネジメントという能力不足は容認しないというものです。
 というのは、失敗は、これらの能力不足によっても起きうるからです。このような能力不足による失敗の要因を排除した上での失敗でなければ、その失敗から得られるものはありません。ただ単に技術スキルが不足していたがために失敗したのであれば、技術スキルを高めるという当たり前の教訓しか得られないからです。
 グーグルなどの会社が堂々と「失敗を許容する」と言えるのは、このような能力不足による失敗を起こさないような極めて優秀な人材を集めている自負があるからです。
 失敗を通した学習をするには高い能力が必要なわけですが、これは入社時に優秀な人を集めるだけでは不十分です。なぜなら、イノベーションを起こすというのは既存の知識だけでは不十分で、常に新しい知識を学び、入社以降も能力を伸ばしていかなければならないからです。
 
 そして、ここからが大切です。常に能力を高めようとする文化を培うには、メンバーに期待する成果を明確に示す必要があります。これは、成功だけを期待するのではなく、失敗を許容するためにはどうしても必要なことです。
 失敗しても、「○○が達成出来たのであれば失敗を許容する」という「○○が達成できたら」という期待の部分を明確にしておくというものです。この成果を明確にしておかないと、適当にやったことによる失敗ばかりが繰り返されるか、失敗した人が人事異動した場合にそれを失敗という結果のみを反映した懲罰人事と捉えられ誰もチャレンジしなくなってしまうからです。
 会社のトップやリーダー、そして管理職は、失敗を許容するというメッセージとともに、何を期待しているのかということを折に触れて明確に伝えなければなりません。
 
 また、管理職自身についても、マネジメントができていないという能力不足は許されません。個々の部下の能力を高めようとしたか、自由に議論できる環境を作ったか(3.で後述)、コストやスケジュールを管理したか等、管理職に必要な能力は常に磨いていかなければなりません。
 
2.厳格な規律の下で、熱心に実験を行う
 大学で理系だった方は、実験が如何に緻密な計画の下で行われているかご存じでしょう。適当にやった実験から得られたデータは何の役にも立ちません。ピサノ教授は、この下手な実験のことを「三流抽象画家がキャンバスに適当に絵の具を塗りたくる」ようなものと表現しています。
 そして、ここで述べている「厳格な規律」とは、「実験の成功失敗の基準」「予算規模」「議論の仕方」「実験データの取り扱い」に関する規律です。
 
 ここでは管理職の果たす役割の視点から、「議論の仕方」を取り上げます。
 議論の初期段階においては、一つ一つのアイディアに対して「検証を行わない」ことが必要です。一つ一つデータを集めたりして検証を行う代わりに、「もしこれが本当だったらどうなるか」「本当だったら、どれぐらいの価値があるのか」と想像力を働かせて、それらをつなぎ合わせた仮説を練るという知的遊戯に全力を注ぐ必要があります。
 管理職は、部下が出したアイディアに対してただダメ出しをするのではなく、議論する内容やその段階を踏まえ、「検証を行わない」ことを宣言し、仮説を積み上げるという知的な試みにチーム全員が取り組めるような環境を整える必要があります。
 
3.心理的安全性はあるが、単刀直入である
 これは、一言で言うのであれば、「課長の意見は違うと思います」と部下が率直に言える雰囲気があるということです。
 
 心理的安全性とは、「他者の反応に怯えたり羞恥心を感じることなく、自然体の自分を曝け出すことのできる環境や雰囲気のこと」です。この心理的安全性については、Googleが成功するチームの要因であるとする研究成果を発表したことから注目が集まりました。
 アイディアを練る上では、自由に意見を述べることが重要なことは誰もが理解できますが、自由に意見を述べることができるとは、相手を批判しても良いし、自分が批判されても良いというものです。ところが、組織には上下関係があり、上の人は知識も経験も、そして権力も持っています。「何を言ったかではなく、誰が言ったかが重要」などと言われたりもしますが、そういう会社には心理的安全性がありません。
 
 このように心理的安全性がない環境では創造性は発揮されませんが、ピサノ教授は、心理的安全性があって、かつ、「単刀直入」でなければならないと言っています。
 例えば、和気あいあいとした雰囲気の組織。異論を差し控え、慎重に言葉を選び、衝突を避ける。こういう環境で議論をすると、ある人が「Aという案はどうだろうか?」と言い、別の人が「Bという案はどうだろうか?」と言った場合、また別の人が「両方いい案だから、それぞれを取り入れたCという案はどうだろうか?」となって、どうしようもない折衷案ができてしまうことがままあります。A案がだめならば、その理由を遠慮なく述べB案を支持すれば良いのに、なかなかそれができない。これは当たり障りのないようにすることと、敬意に基づく思いやりを示すことを混同している例です。自分に対する辛辣な意見を受け入れることができるのは、相手の意見を尊重している場合だけです。
 特に、面と向かって侃々諤々の議論をすることはその人のメンツをつぶすこととなり非礼である、という価値観がある組織においては、率直に意見を戦わす文化を培うのは難しいです。
 
 そこで、管理職の出番です。リーダー自らが、自らのふるまいを通して、率直に意見を言える雰囲気づくりをする必要があります。具体的には、自分の意見に対して部下に率直に批判を求めることができるかどうかです。「課長の意見は違うと思います。」という言葉が出てくる雰囲気を作り、それにムッとせず、論理的にその理由を聞き、チームとしてのより良い成果に結びつけることができるかどうかが、管理職に問われています。
 
4.各人の責任を明確にしたうえでの協働
 協働とは、みんなで取り組むことです。同僚に助けを求めることが自然なことであり、求められた方はそれが自分の職務であるかどうかにかかわらず手を貸す。チームという集団として動こうというものです。
 
 ところが、協働を行う際の誤解として、責任の所在があいまいになるというものがあります。
 例えば、チームワークを優先しすぎて、さぼっている人の分まで、誰かがカバーしたりする。そして、そのさぼっている人の責任の追及を遠慮してしまう。
 実際、協働と責任は補完しあうことができます。個々人がチームの中のある役割について責任を負っているから、その責任を果たすために他人に助けを求めることができるのです。
 そして、個々人が責任を負いつつ、つまり自分の能力を最大限に使ってチームのために自分のやるべきことをやるという理想の協働を果たすうえで、最も責任を負わなければならないのは管理職です。創造的なことには必ずリスクがつきものですが、失敗したときに、その責任をそのリスクをとって動き始めた人に負わせたのであれば、誰もチャレンジしなくなるでしょう。管理職がチームとしての責任を負わなければなりません
 
 (少し話がずれてしまうかもしれませんが)起案者が書類をもって回る「決裁」という行為はある意味協働作業といえるかもしれません。
 発議した人が、関係するそれぞれのことを担当する人を回る。各段階で、それぞれの役割に従ってチェックし、アイディアを加える。そして、最後に決裁を押した人が責任を取る。
 
 ところが、私の経験上、責任という観点から、この決裁がうまくいっていないことが多いように思います。
 例えば、起案者がすべての説明と責任を負わされる。各段階の人は、アイディアを出すなどの協力をするのではなく、ひたすらダメ出しをする。合議という名の責任をとらない人がやたら多い。あるステップまで決裁が通り、その次のステップで引っ掛かった場合、一つ前のステップで印鑑を押して了承している人が助けてくれてもよさそうなものなのに、助けてくれない。もしくは、一つ前のステップと次のステップの人同士で議論してくれればよいものを、間に発案者が挟まってしまう。また、決裁のどこにも名前が載ってこないのに、根回しをしなければならない人がいる。そして、なぜか起案者は常に最も立場の弱い人ばかり。協働を深めるうえで、この決裁の仕方を工夫することがまだまだできると思っています。
 
5.組織階層は少ないが、リーダーシップは強い
 組織階層が少ないフラットな組織ほど、それぞれのスタッフに幅広い裁量が与えられており、自由度が高いため、環境の変化に速やかに対応でき、多様なアイディアを生み出す傾向があります。
 ところが、自由度が高いフラットな組織では、個々人がバラバラに動きがちになる遠心力が働きます。アイディアを生み出しやすい環境を維持しつつ、求心力を高めるため、フラットな組織の方が、階層的な組織よりもより強いリーダーシップが求められます。
 そして、そのためには、説得力のあるビジョンと戦略を歯切れよく説明することが求められる(ここまでは階層的な組織でも同じ)、と同時に、敬意を払われるかどうかは肩書ではなく能力によって決まるため、技術や業務などの個別の課題にも手腕を発揮することが求められます。
 フラットな組織の管理職には、極めて匙加減の難しいマネジメントが求められます。全てをコントロールしようとするとフラットな組織の良い点である自由度が下がってしまうでしょうし、かといって部下に任せきりにするとバラバラになってしまいます。
 リーダーシップには、ビジョンを示すことと日々の業務を効果的かつ効率的によくこなすことの2つがありますが、この2つのバランスが大切です。
 
最後に
 革新的な組織の素晴らしい成果を目にし、失敗を許容するなどの組織的な特徴から、革新的な組織が「和気あいあいとした楽しい職場」のようにイメージされがちですが、革新的な組織は非常に逆説的な要素を含んでおり、「楽しく陽気な文化とはほど遠く」、そして極めてマネジメントの手腕が問われる組織でした。それでも、革新的とまでいかなくても、アイディアを生み出すことは必須であり、管理職としてやるべきことの大いに参考になる記事でした。
 
出典:
Harvard Business Reiew 2019.7 「創造的な組織は逆説に満ちている」ハーバード・ビジネススクール・教授 ゲイリー P. ピサノ
("The Hard Truth About Innovative Cultures" HBR January-February 2019)