読書メモ 「残業学」 中原淳+パーソル総合研究所

 今回紹介する図書は、中原先生とパーソル総合研究所さんが、2万人ものデータを集めて残業の実態を分析した、その名も「残業学」です。

 書籍のタイトルに「学」という文字が用いられているだけあって、データに基づく学術的な分析がされており、そういった点も素晴らしですが、実態の分析だけでなく、なぜ残業が起こるのかというメカニズムを解明し、具体的な解決策を提案するところまでが、非常に分かりやすい講義形式で紹介されています。おすすめです。

 

 では、エッセンスを。

 

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 エヴァ風に作ってみました(^^; 懐かしい。

 

1.残業はなぜ起こるのか?

 当然「仕事が多いから」というのもありますが、それ以上に心理的な面や制度面、スキル不足といったことが絡み合っています。

 まずは、残業が持つ5つの特徴から見ていきます。

 

① 残業は集中する
 
 私も経験がありますが、仕事の量が増えてくると、どうしても優秀な部下に優先して仕事を割り振ってしまったことがあります。そう、残業は集中します。


 これはまずは上司のマネジメント不足です。

 できる人に仕事を振るだけでは、当然こなせる作業量に限界が来てしまいますし、できない人を仕事から遠ざけることでその人の成長機会を奪っていることになるからです。

 また、働き方改革で「効率を上げる」取り組みがよく行われますが、いくら個人がタイムマネジメントをし、スキルを上げ、必死で効率を上げても、上司から新たな仕事が降ってきてしまう状況では、その人の働き方は一向に改善されません。

 

 このように上司のマネジメントができていないことが集中する原因ですが、一方で上司側にも事情があります。

 マネジメントと一口に言ってしまっていますが、マネジメントには、時間、予算、資源、リスクなど様々な要素があり、その中でも上司に求められている最重要かつ最優先の事項は、成果を上げることです。

 人的資源の管理、つまり働き方の改善や人材育成も当然大切であり、長期的には成果を上げることにつながっていきますが、今目の前の仕事を完成させなくてはと切羽詰まっている上司や成果を上げることだけが評価される制度の中で働いている上司は、とにかく仕事をこなそうと思ってしまうのはやむを得ないでしょう。

 上司側をサポートする取り組み、例えば、働き方の改善が経営上の重要課題であることを経営陣が表明する、働き方を改善することが上司としての評価につながる制度にする、といったことが必要です。


② 残業は感染する

 「みんなが残業しているから帰りにくいなぁ」と感じたことはありませんか?

 そう、これは『同調圧力』によるものです。同調圧力とは、個人がその行動や意思決定を知らず知らずのうちに周囲の大多数に合わせてしまう強制力のことです。
 
 さらに、先ほどの「集中する」のところで述べましたが、残業は「優秀な社員」に集中します。

 すると、てきぱきと真摯にその仕事をこなしていく社員に対して、若手社員は「先輩かっこいい。あこがれる。」となり、いつかそうなれるようあの先輩をまねて頑張ろうとなります。

 

 (仕事ができる)人を見倣うことで学ぶというのは、学習理論的にも裏付けされているのですが、一つ問題があります。

 Social Learning Theory:Training & Development その5 『Learning and Transfer of Training』 - うめさんブログ

 それは、「残業していることが優秀の証(あかし)」であるという考えが職場に形成されてしまうと、優秀な人にあこがれている若手が残業し始めるだけでなく、「ここで帰ったら仕事ができない人と思われるのでは?」と残業したフリをする社員が現れてしまうということです。
 
③ 残業は遺伝する

 先ほどの残業するフリのことを「フェイク残業」と呼ぶとすると、「上司が残業するほど、帰りにくい雰囲気が増す」というデータが得られており、上司の仕事に対する姿勢が「フェイク残業」を呼び込んでいます。さらに、入社以来残業することが当たり前の中で働いてきた人は、転職しても残業をする傾向にあります。

 つまり、上司という上の世代の残業体質が、次の世代である部下たちに遺伝することとなります。
 
 飲み会で若いころの残業の経験を「武勇伝」のように嬉々として語る経営者や幹部に会ったことがあるのではないでしょうか? 確かに高度経済成長期は、市場が拡大し続けたので、残業すること、つまり仕事量を増やすことが直接的に業績を上げることにつながったため、強烈な成功体験として残っているのでしょう。
 また、これは私の経験ですが、災害対応といった緊急事態に対応しなければならない職場では、とにかく力業でやらなければならない事態を経験し、それを乗り切ってきたという体験を有している人も多く、非常時での仕事の仕方を平常時でもしてしまう傾向にあるような気がします。

 高度経済成長期ははるか以前のことであり、また世の中の状況もどんどん変わってきているので、本来ならばマネジメントのやり方を変えなければならないのですが、それを変えられない上司が残業を遺伝させていきます。

 

④ 残業は麻痺する

 さて、残業の原因として上司のことばかりを取り上げましたが、残業している本人の中で何が起こっているのかに視点を当ててみます。

 残業時間と「幸福感」に関する分析を行ったところ、残業時間が多くなるほど幸福感が減っていくのですが、なんと「月40時間以上になると、残業が多くなるほど幸福感が上昇していきます。(注:それでも平均値は下回っていますが)」

 また別の研究では、月60時間以上になると、「ストレスを感じてはいるが、幸せ」と感じる割合が増えていました。

 これらは、仕事に没頭することを通じて、創造性を発揮し、自身の成長を感じ、達成感を感じているからではないかと思われます。そう、「麻痺」してしまうのです。

 

 その一方で、健康リスクについては、残業時間が多くなるほどリスクが高まるということが明らかになっています。
 

 つまり、残業をしていても幸福を感じている人は、健康面のリスクが顕在せずに残業を乗り切ってしまえれば良いわけですが、やはり、いつ健康を損なうかもしれない危険な状態にあるということになります。

 

 なお、多くの経営者や幹部は健康面のリスクが顕在化せずに残業を乗り切ってしまった方なわけですから、当然残業に対する感覚は「麻痺」している人が多いでしょう。

 

⑤ 残業は依存する

 残業代は、「上司の命で、時間外でもやらなくてはならない業務をこなしたことへの対価」なわけですが、これが「上司の命が無くても、そしてのんびり仕事をしたことへの対価」となってしまうことがあります。いわゆる残業代稼ぎです。

 そして、残業代が前提となる生活スタイルを構築し、また家のローンを組んでしまった場合、この残業代が生活給になってしまいます。つまり、残業に依存することとなります。
 

 このように書くと、残業代稼ぎを行っているようなモラルの低い社員はけしからん、となってしまいそうですが、これには本人の意識だけではない制度的な問題が背景にあります。

 一つは、終身雇用と年功序列に代表される日本型雇用システムです。このシステムが高度経済成長期と相まって日本を発展、そして会社を発展させたわけですが、この雇用システムでは、欧米と異なり社員の流動性が極めて低く、仕事内容の変化や仕事量の変化に応じて社内の体制や人数を柔軟に変化させることができません

 例えば、ある新分野の成長が著しくまた収益も大きいので、そこに会社として注力したい場合でも、それを担当する部署だけの給料をあげたりするのは困難です。また、仕事が忙しい時期のみ人を雇い、また解雇するといったことも難しいです。

 この調整弁として機能したのが、残業代です。基本給は年功序列のためいじれないけど、残業代は働いたら働いた分だけ支払ってあげるというものです。

 このように報酬制度を担う人事部局の思惑もこの残業代の背景にあります。

 

 また、部下の視点に立つと、「上司の指示や判断の基準があいまいだと、残業代をあてにする」という傾向が強まるということも分かっています。これは、部下が、自分がどう評価されているのかが分からないので、客観的に働いた時間数で得られる報酬を確実にもらっておきたいと考えるからでしょう。

 

補足:このブログでは、この5つを紹介するにとどめましたが、どういった職場でそれぞれが発生しやすいかといった分析まで載っていますので、是非ご覧ください。

 

2.これから求められること

 残業の特徴を述べてきましたが、なぜ今残業対策に取り組まなければならないのかをリスクの観点から見てみます。

 まずは、残業を放置することによるリスクは以下の通りです。
 

 個人のリスク

  • 健康リスク:言わずもがなですね。身体面でのリスクも高まりますが、特にメンタル面でのリスクが高まります。
  • 学びのリスク:これは次の「人材リスク」とも同じですが、社会の変化が早まっている中、今目の前の仕事に紐づいたスキルや技術、経験が陳腐化するスピードが速まっています。残業により目の前の仕事にのみ縛り付けられると、新たな知識を得たり、学びなおしたり、振り返ったりといった時間が持てなくなります。


 会社のリスク

  • 採用リスク:優秀な人材がとれなくなります。特に、グローバルに働いている人材ほど、日本型の長時間労働を嫌がる傾向にあります。

 グローバルでなくても、最近こんなニュースもありました。「文部科学省の調査によると、近年の採用人数はほぼ横ばい近くとなる一方で、受験者数は6年連続で減少。新潟県では2019年度の小学校の採用試験の倍率が1.2倍と過去最低を記録し、受験者の大半が受かるという異常事態となった。」(出典:神奈川新聞 2019年4月19日)

  • 人材リスク:社員を育成する時間が取れなくなります。そして、最近の新人は育成方法に満足できない場合離職していきます。
  • イノベーションリスク:新しいアイディアや知見を生み出すことができなくなります。経済学者のシュンペーターは、イノベーションを「新結合」と表現したそうですが、異なる領域にある様々な物事を掛け合わせることが、新しいアイディアにつながります。これは目の前の仕事に縛られていてはできません。
  • コンプライアンスリスク:この4月から新たな労働基準法も施行され、残業に対する見方が厳しくなったというようなレベルではなく、労働基準監督署に取り締まられることになります。

 

 リスクが明らかになったところで、次に、これからの時代に求められること、これからの時代に生き残っていくためにすべきことを考えます。

 

 一つ目は「成果」の定義を変えることが必要です。

 世の中が求める、多様でクリエイティブなもの、付加価値の高いサービスを提供することが成果とされるべきです。

 努力と称して時間をかけ、誰もができることを達成することが成果ではありません。そういったルーチンの部分を効率化して、イノベーションにつながる部分に注力する必要があります。いずれAI(人工知能)が発達すれば、ルーチンな部分はどんどん機械に置き換わっていくでしょう。
 
 二つ目は「成長」の定義を変えることが必要です。

 成長とは「経験の量」ではなく「経験の質」であるべきです。

 人より多く経験すること、つまり残業により、学んできたことが今の自分を作っているという、残業成長神話を信じる人は今でも多くいます。

 しかし、大人の経験学習理論によれば、ただ子供が計算ドリルを繰り返すような、漫然と長時間やることは必ずしも成長につながりません。例えば、今の自分の力量ではできないタスクにチャレンジする「背伸び(ストレッチ)の経験」は人を大きく成長させますが、それはただ単に時間を延ばす(ストレッチ)するということではありません。新たなことを学び、知恵を絞り、他の人と協働し、新たなことを生み出していくことが背伸びをするという意味です。

 むしろ、残業により、経験を振り返ることや他分野の人とつながるための時間が奪われることが、成長を阻害してしまいます。

 読書メモ 「働く大人のための学びの教科書」中原淳 - うめさんブログ

 ライフネット生命の創業者でもある出口さんが、良いアイディアは「人、本、旅から生まれる」とおっしゃっていますが、(組織以外の)人と出会い、(仕事関係以外の)本を読み、旅に出るのことも残業があってはかないません。

 

3.具体の改善策

注:ここからは自分の考えです。本書には複数の改善策の他に、改善の仕方や留意点についての記載もありますので、是非お読みください。

 

1)経営者との対話

 残業問題は、「集中」「感染」「遺伝」「麻痺」「依存」を引き起こす構造的な問題です。
 そして、その構造の背景には、会社や組織は何のために存在するのか、そのためにどうするのかという企業の経営理念があります。その経営理念からどう行動すべきかという行動規範や社風と言われる企業文化が生まれ、そしてどういう人材が欲しいのかが明らかになってきます。

 経営陣や幹部はぜひ次の事項についての自分の考えを繰り返し繰り返し表明して頂きたいですし、部下とガチで議論をしていただきたいです。

  • 会社は何のために存在するのか?実現したいと考えている理想は何か?
  • その理想を実現するために、会社は何をすべきか?
  • 会社がすべきことを達成するために、社員はどうあるべきか?どのような社員を求めているのか?

 これらを明らかにし、それが残業対策のための種々の施策と結びついてこそ、その施策が実効性のあるものとなります。

 

2)ITを活用する(残業代の還元)

 「経験の量を質に変える」には、ITを活用すべき、特にナレッジマネジメントを支えるツールが有効です。

 Knowledge Management (知識の共有) - うめさんブログ


 もちろんITシステムをただ導入すれば良いというものではなく、業務内容や業務フローを見直したうえでの導入が必要ですが、私の目からすると最近の働き方改革は、簡単なITツールも導入せずに、ひたすら号令だけかけ、個人の努力と工夫で乗り切ろうとさせているように感じます。そして、それは「①残業は集中する」で述べたように、上司のマネジメントが変わらない限り、無理です。

 

 そして、ITツールの導入に経費をかけることは、残業代を還元する一つの策であると思います。本来ならば、成果の定義を変え、残業を減らすことがインセンティブとなるような報酬体系に変えることが望ましいですが、それがかなわないのならば、残業削減で浮いた経費を社員に還元すべきです。

 職場環境の改善でも良いですし、福利厚生でも良いでしょう。私はそういったことの他に、上司のマネジメントをサポートしたり、部下の日々の雑事を軽減するため、チームで楽しく知識を共有・活用するために、ITツールを入れるのは非常に簡単だと思います。

 例えば、今私が取り組んでいる、ナレッジマネジメントのためのクラウドサービスの導入は、一人当たり月1,000~3,000円で導入可能です。
 仮に、一人当たり3,000円/月かかるとすると、この費用は、これは1日当たり4分残業時間が短くなればペイしてしまいます。(※1か月を20日、時間当たり残業代を2500円として計算)

 

 残業を無くし、仕事と生活の相乗効果により豊かな人生を送っていきたいです。

 

参考:
残業学 著:中原淳、パーソル総合研究所 光文社新書
神奈川新聞 2019年4月19日 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190418-00010000-kanag-soci&p=2
パーソル総合研究所・中原淳 長時間労働に関する実態調査