神楽坂のお鮨屋さんが教えてくれたこと

 先日学生時代の同級生と神楽坂へ。ふと昔お世話になったお店を思い出しました。

 自分は独り食べ歩くのが好きなのですが、お店との関係づくりは、今はもう閉店してしまった神楽坂のお鮨屋さんが教えてくれました。

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Dec. 2019 神楽坂毘沙門天前にて


1.神楽坂へ

 飯田橋駅で電車を降り、寒さに身を縮めながら、交差点を渡って神楽坂へ。

 餡蜜屋さんや、小物屋さん、珈琲屋さんに混じって、学生向けのカラオケ屋などが立ち並ぶ中を、毘沙門天に向かって登っていく。

 たった数10mのことなのに、毘沙門天に近づくにつれ周りの雰囲気もぐっと大人びてきて、ちょっと覗いてみたくなるような小路が左右に現れるが、結局はまっしぐらにいつもの鮨屋へ。

 

 お店に入る前に、時間を確認し、携帯がマナーモードなっていることを確認し、呼吸を整え、もう一呼吸おいてから、静かに「こんばんは」と戸を引く。

 すぐさま「いらっしゃい」という大声ではないのによく通った大将の声と、何とも言えない酢と木の香りにすっと背筋が伸びる。

 「寒くなりましたね」と寄り添ってくれる女将さんに荷物とコートを預け、邪魔にならないよう、止まり木の隅っこに独り席に着く。

 

 「何とか仕事を片付けて、来れて良かったなぁ」と毎回思う。

 訪れるのを楽しみにしていたこともあるが、予約という大将との約束事をまた一つ守れたことに安堵する。後はいつものように、グラス一杯のビールを軽く飲んだら、日本酒に移り、ツマミから握りへと楽しむ。

 

2.お店との関係づくり

 当時のことを思い出しつつ少し書いてみましたが、この神楽坂のお鮨屋さんには、閉店してしまうまで約10年近くお世話になりました。

 父が神楽坂が好きで、自分が呑めるようになってからは、仕事で上京するたびにこのお鮨屋さんをはじめ、色々と連れて行ってもらって二人で呑んでました。

 

 連れて行ってもらっていた学生の頃はあまり気にならなかったのですが、就職し独りで行くようになると、冒頭のように楽しみにしつつもいつも少し緊張して訪れていました。

 値段のこともありますが、そのお鮨屋さん全体を包む大将や常連さんの雰囲気に、若造の自分にはなんとなく気後れしたものでした。
 
 先に明言しておきますが、このお店で大将からなにか礼儀や作法と言ったことで注意されたことはありません。むしろいつも温かく、常連さんと変わらぬ扱いをしていただきました。

 ただ、大将や常連さんのふるまいから、「あっ、自分もこうした方が良いかな」と勝手に思いついたことがいくつかあり、それらを紹介していきます。

 

・予約は営業時間外、かつ、開店前の5時ぐらいが良い。
 お鮨屋さんは朝が早いです。市場で仕入れ、そこから仕込みに入ると、仕込みが終わったお昼は寝ていることもあるそうです。午後4時ぐらいから仕上げに入り、夕方5時ぐらいに一息入れるとのこと。

 ならば、寝ているところに電話をしては申し訳ないし、仕込みで神経を使っているところも申し訳ないと思い、開店より小1時間の準備が整った時の方が良いのではと思った次第です。

 

・予約の5分ほど前に着く。
 予約はお店との最も基本的な約束です。

 お店はその時間に来るお客さんに合わせて段取りを考えていますし、他のお客さんの進行具合も考えているはずです。

 その仕込みを無駄にしないためにも、時間通り着いた方が良いでしょう。ビジネスですと5分過ぎたぐらいが良いと伺ったことがありますが、生ものを扱う飲食店の場合は、予約時間を過ぎてしまうと、お店側が心配するのではと思います。

 

・大将の手の空いたときに声をかける
 お鮨の良さは、自分の好きなものを自分の好きなタイミングで食べられることですが、大将に声をかけるときは大将の手の空いた隙に頼むと良いでしょう。

 ちゃんと大将も一人一人のお客さんのことは見てくれていて、声をかけたりしてくれますし、目線で気づいてくれることもあります。

 ただ、やはりお店が混んできたり、ちょっと団体さんが入ると手がいっぱいになることもありますので、うまくタイミングを見計らって声をかけるようにしたいです。

 こういう気遣いは必ず大将が気づいていてくれて、お互い段々知り合ってくると、待っているときに、大将から何も言わずに「ちょっとコレで呑んでてください。」と面白いものを出していただけたり、数人が入ってきて忙しそうになりそうだなと思ったら私の方から「今日は時間があるのでのんびり呑んでますから」と合図をおくることもできるようになります。

 

・周りを不快にさせるような会話をしない

 飲んで愚痴を言うのは楽しいですし、いいストレス発散の方法ですが、そうしたい場合はそういうお店を選んだ方が良いです。

 今回のお鮨屋では、私はほとんど独りでしたので、なんとなく隣の席の人の会話に耳を傾けることもありましたが、人の悪口を言ったり、管を巻いたりと言ったお客さんには会ったことがありません。

 どうも文芸関係の人が多かったようで、聞いていて「へー」と思うことも多かったですが、別に高尚な話をしなければならないというわけではなく、同じ空間を共有している人がいることを軽く頭の隅において話ができると良いかもしれません。

 

・大将と話すのは、周りの人がいなくなってから
 産地を聞いたりといったちょっとした会話を大将と楽しむのは、いつやっても良いですし、楽しいことと思いますが、大将と話し込むようなことはお客が自分ひとりになってからの方が良いでしょう。

 別のお店で、常連さんが最近あったことを延々と大将に話しているのを見たことがありますが、周りのお客さんへのサービスを止めることになるので止めた方が良いです。

 大将も客商売ですからにこにこと聞いてくれると思いますが、内心は困っていると思います。

 そして、もし自分が最後の客になったら、少し大将と話してみるのも楽しいです。大将のこだわりをきけたりもしますし、大将と軽くいっぱい一緒に飲めることもあります。ただ、大将はあくまでまだ仕事中ですので、無理にお酒を進めてはいけませんし、片付けも残っているでしょうから、閉店時間より気持ち早めに退散するようにしたいです。

 

・自分の希望をちゃんと伝える
 お鮨屋さんで「おまかせ」で頼むのは何となくかっこよく、そしていろいろ言うのは何となく気が引けるものですが、常連さんがやるから自分に合ったものが出てくるのであって、一見さんの場合は、明確に伝えた方が良いです。

 大将も必ず「今日はどうなさいますか?」と聞いてくれるはずです。

 自分は初めてのお鮨屋さんに行くと「こちらのお店初めてなんです。」と言ってしまいます。そして「嫌いなものは無いんですけど、あっさりしたネタが好きです。日本酒が好きなので、最初軽くつまみで、そのあと握ってください。」と続けます。

 ちゃんと伝えられれば、あとは大将がうまくやってくれます。

 そして、当たり前の約束の一つですが、注文したものは残さず食べましょう。自分の好みを伝えられる鮨屋であればなおさら頼んだものは食べるべきです。

 

・一度だけ大将から、、、
 一度だけ大将から「普段はこういうことは絶対にしないのですが、うめさんのことをあちらのお客様に紹介しても良いですか?」と聞かれたことがあります。

 快諾し、紹介いただいたそのお客様とは、なんと父の昔の上司。父が若いころこのお鮨屋さんに父を連れてきてよく呑んでいたそうです。「おー、うめちゃんの息子さんかー」と言っていただき、非常に楽しい時を過ごさせていただきました。

 こういうところにもお客さんのプライバシーを守る大将の心遣いを感じました。

 

 このお店が閉店してしまって以降、なかなか神楽坂へ行く機会がなくなってしまいましたが、おかげさまでどこの鮨屋に行っても気後れしなくなりました。

 また、このお鮨屋さんで学んだ作法でもっていろいろとお店を訪れ続けた結果、美味しいものをゆったり食べられるのだけどなんとなく「背筋が伸びるお店」を数件見つけることができました。


  お店と、大将と、そしてご縁のあったお客さんと、良いお付き合いを続けていきたいです。