人的資源の特徴

 今回取り上げるのは、「経験から学ぶ人的資源管理」(著:上林憲雄、厨子直之、森田雅也/有斐閣ブックス)です。

 非常に分かりやすい教科書、おすすめです!

 

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Lincoln Memorial, Oct. 22, 2017

 

1.この教科書の特徴
 初めて人的資源管理を学ぶ人でも分かるようなやさしい表現で書かれているのに、根本的なところをつく解説がなされています。
 

 例えば、各種理論の解説においても、理論の説明だけでなく、理論の変遷や、理論の背景にある共通点、理論を実践する上での留意点など、単なる解説からもう一歩踏み込んだ解説がなされています。

 また、経営学は欧米で発展してきたことから、人を扱う人的資源管理における各種理論の背景にある文化等は日本と異なります。それらの違いを踏まえた上で、日本の組織にどう当てはめたら良いのか悩むことがあります。この教科書では、欧米諸国との比較において、組織の根本原理や基礎にある考え方の次元までさかのぼって対比しようとされています。

 さらに、もっと学びたい人のための図書が簡単な解説とともに紹介されています。

 

 さて、今回は、この教科書の中から、「人的資源の特徴」を取り上げます。この特徴があるから、自分は人的資源、つまりヒトに関心を持つようになったのだなと妙に納得しました。


2.人的資源の特徴
 企業が顧客に対して価値を提供するためには、資源(リソース)が必要です。

 そして、「リソース」には、ヒト、モノ、カネ、情報、知財があります。具体的には、働く人や設備、原材料、資金などです。
 
↓関連する過去のブログ

読書メモ① 「新しい経営学」三谷宏治 『リソースよりもオペレーションが先』 - うめさんブログ


 そして、人的資源は、以下の特徴を持っています。

 ①人が他の資源を動かす

 ②人は思考し、学習し、成長する

 ③経営者(管理者)の好き放題には使えない

 ④イノベーションが起こりにくい

 「①人が他の資源を動かす」とは、他の資源を使うに当たっては、必ず人が関わる必要があると言うことを意味しています。

 例えば、モノという資源である工場の機械を動かすのは、もちろん人です。カネという資源である資金をどこに投資するかを判断するのも、情報から何を読み取るのかも人です。

 「②人は思考し、学習し、成長する」とは、人的資源が生身の人間であり、日々思考し、学習を繰り返しながら成長していく主体的な存在であるということです。

 この特性があるからこそ、企業は採用後も、各種研修やOJT、異動、報酬制度等を駆使して、人材を育成しようとするわけです。

 「③管理者の好き放題には使えない」とは、②と同じく、人的資源が生身の人間であることから生じます。つまり、管理者である経営者や上司が、無理矢理働かせようとしても、従業員や部下には体力的な限界や精神的な限界があり、限界を超えると、管理者の言うことを聞かなくなったり、会社を辞めてしまったりすることが起こります。

 管理者は、従業員に配慮しなければなりません。

 「④イノベーションが起こりにくい」とは、人的資源を管理するための画期的なマネジメント手法が未だ発見されていないということです。これは他の資源と比較すると分かりやすいでしょう。

 例えば、モノの管理を扱う品質管理については、QCC(Quality Control Cycle:品質管理サークル)やTQC(Total Quality Control:全社的品質管理)、TQM(Total Quality Management:総合的品質管理)など、10年に1度ぐらいの頻度で新たなマネジメント手法が開発されています。

 カネに関するファイナンスにしても、様々な理論や手法が編み出されてきています。

 ところが、人のマネジメント領域については、汎用的かつ決定的なマネジメント手法というのは開発されていません。

 これは、②や③と同じく、生身の人間を対象としていることからでしょう。

 そして、このような4つの特徴を持つ人のマネジメントにおける永遠のテーマは、

  • 収益を上げるために厳しく管理しようとすればするほど、従業員は窮屈に感じて仕事がやりにくくなり
  • かといって、緩く管理してしまうとサボってしまう人が出てきてしまう

 という点なのです。

 


(ここからは私の考えです。)

3.気づき
 この①~④の特徴については、「当たり前ではないか」と思われるかもしれませんが、私にはこの特徴を忘れてしまっている経営層もいるのではと思えます。

 


 「①人が他の資源を動かす」と述べましたが、人を動かすのも人です。

 そして、人が、人以外のモノやカネなど他の資源も動かすことを考えると、「②人は思考し、学習し、成長する」の特性を最大限生かすために、もっと人材育成に力を入れても良いはずです。特に、人を動かす管理職の育成は重要です。

 

 スタッフ職から管理職へのステップアップは、連続的なスキルアップではなく、ジャンプアップするような隔絶感があります。

 つまり、担当→主任→係長というようにスタッフ職を歩む中で学んできたモノやカネなどの動かし方とは全く異なる、「人を動かす」ということを覚える必要があります。

 しかもそれは、社会人になってからそれなりの時間をかけて自分の型ができてしまったあとに新たなことを覚える、ということになります。

 それはハードルが高いことである一方で、人を動かすことを覚えると、今までスタッフ職としてモノやカネなどを動かすことがちょっと苦手だったとしても、十分に管理職として活躍できます。
 

 私が人事にかかわっていた時も、当然ある程度優秀なスタッフ職の中から中間管理職を選ぶわけですが、優秀であったはずなのに人を動かすことができずチーム全体のパフォーマンスを引き出すことができない人がいる一方で、中間管理職としてやっていけるかなと思った人がとたんに人を動かすという別の才能を発揮してチームを活性化させるということもありました。

 

 

 このように人材育成は極めて重要なのですが、まだまだ手薄なように感じます。

 それは「③管理者の好き放題には使えない」という特性を忘れている、つまり、人を好き放題に使えると考えている経営層がいるからだと思われます。

 

 例えば、「部下をどう使おうがとにかく成果を出せばいい」と思っている管理職も少なからずいます。

 パワハラがなくならないのは、法制度の問題ではなく、パワハラをしても「成果が上がっているならばよい」という形で経営層が黙認し、パワハラをした人を昇進させているからです。

 また、「部下が失敗したら、異動させて別の人を持ってこれば良い」と考えている管理職もいます。失敗した部下を正しく評価し、さらに人材育成の観点からフィードバックをしたうえで異動させているならば良いですが、部下の評価権限を持っている管理職が、自分の人を動かす能力の問題を棚に上げて、失敗を部下に押し付けているのであれば、問題です。

 

 
 さらに、「④イノベーションが起こりにくい」という特性から、上述のような問題を回避し、人を動かす万能の手法は見つかっていません。

 最近、ピープルアナリティックス(People Analytics)という、今までなかなかデータで表すことの難しかった人を対象に、「人事に関する慣行、プログラム、プロセスなどをデータに基づいて理解する手法」が注目を浴びており、私もどこかでしっかり学びたいと思っていますが、これも万能ではありません。人的資源のマネジメントに関する新たな知見をもたらしてくれるものだとは思いますが、その知見をどう生かすかも人ですし、生身の人間なのでデータから外れることもありうるからです。

 

 

 この4つの特性を踏まえ、個人の経験と勘だけで人的資源を管理するのではなく、様々な研究成果を活用しつつ、現場において地道に対話を積み重ねるといった取り組みが必要です。

  そして、だからこそ人や組織のマネジメントは面白い、と言えます。

 
参考:
上林憲雄、厨子直之、森田雅也, 2018.1, 経験から学ぶ人的資源管理, 有斐閣ブックス
中原淳、中村和彦, 2018.10, 組織開発の探究, ダイヤモンド社 
People Analytics:https://rework.withgoogle.com/jp/subjects/people-analytics/