Training & Development その5 『Learning and Transfer of Training』

 勉強と言うと、すぐ机に向かって教科書読んで、宿題やって、テスト受けてというのを思い出してしまいますが、大人の学びと子供の学びは違いますよね。大人に合った学び方の理論と、学んだことをどう定着させるかの理論についてまとめました。

 「研修」の検討に際してだけではなく、自ら学んでいる大人の方々の参考にもなるかと思います。

 

 さて、前回は、研修の必要性をどう判断するかについて紹介しました。 

Training & Development その4 『ステップ1:Needs Assessment』 - うめさんブログ

 

 必要性がわかったとなれば、さぁ研修内容とかを考えよう!、となってしまいますが、その前に、

1)学習(learning)はどのようにして起こるのか?

2)学習したことがどのようにして転移(定着)するのか?

3)学習と定着を促すにはどのような環境を整えたらよいか?

を取り上げます。

 

 

1.学習と転移のモデル(A Model of Learning and Transfer of Training)

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 この図は、どのような要素が学習(Learning)や転移(Transfer)(※専門用語としては”転移”というようですが、個人的に”定着”の方が分かりやすいので、以下は”定着”と言います。)に影響を与えるのかを示したものです。3つの要素が影響するとかんがえています。

 

  1. Trainee characteristics:研修生の特性(すでに持っているスキルや認識能力、自己効力感自分がある状況において必要な行動をうまく遂行できると、自分の可能性を認知していること)、年齢や世代、モチベーションの等)
  2. Training Design:学習内容・方法・環境
  3. Work Environment:仕事環境

 

 ここで私が注目するのは、3.仕事環境 の部分なのですが、その前に、学習がどのようにして起こるのかという学習過程に関する理論と、定着がどのようにして起こるのかという定着に関する理論をいくつか紹介します。

 大人の学びへのヒントがたくさんありますよ。

 

 

2.学習理論(Learning Theory)

2-1.Reinforcement Theory

 この理論は、「人は、過去の経験から得られた結果をもとに、ある行動をしたり避けたりする」というものです。

 この動機づけには、positiveなものとnegativeなものがあり、以前学んだ知識が役に立ったことがあるから学習しようとするというようなpositiveな場合と、以前上司に怒られたから同じことを繰り返さないように学習しようというnegativeな場合の2つがあります。

 

 この理論にのっとると、学ぶにあたっては、なんらかの得るもの(benefit)が必要と言うことになります。例えば、研修を受けると、仕事ができるようになる、人脈が作れる、よりよい地位につけるといったことがあると、学習意欲が高まることになります。

 

2-2.Social Learning Theory

 この理論は、「人は、信用でき知識があると思える人の行動を観察することから学ぶ」というものです。この「信用でき知識があると思われる人」には自分自身も含まれ、自分が直接経験したことから学ぶというものもありますが、「モデルとなるような他人」から学ぶという面が大きいです。

 

 この理論は、適切な行動を身につけることを目的とした学習との相性が良く、ビデオ教材などを使って、工場での適切な安全行動を取るモデルとなる人を映像で示すことで、学習効果を高めています。

 

 なお、この理論による学習では、いくつかの行程があるのですが、最初の「気づき(attention)」が重要です。周りにいる他人のどこが学ぶべきところなのかに気づかなければ学習が始まりません。

 

2-3.Expectancy Theory

 以前のブログで紹介しています。 

 部下のやる気が落ちていたら - うめさんブログ

 

2-4.Adult Learning Theory

 大人の学びは子供の学びとは違うと述べましたが、子供の学びは

1)指示や内容に対して受動的である

2)学習していることに関連する経験をほとんど持っていない

という特徴があります。

 

 一方、大人の学びには以下の特徴があります。

  1. なぜそれを学ぶのかを理解する必要がある。
  2. 自発的である必要がある。
  3. 学ぶにあたって、仕事に関連した経験を参考にする。
  4. 問題解決型のアプローチをとる。
  5. 外的な動機(昇進など)と内的な動機(知識を身につけたいなど)の両方の影響を受ける

 

 これらの特徴は、立教大学の中原淳先生で述べられていたことにも通じます。

 読書メモ 「働く大人のための学びの教科書」中原淳 - うめさんブログ

 

 この理論にのっとると、研修に当たっては、研修の目的をしっかり理解してもらわなければなりませんし、強制的な研修よりは自発的に参加を募った方が良いでしょうし、研修内容は仕事に直接関連する内容で、かつ、ただ知識を学ぶのではなくどうそれが仕事に活用できるのかに重きを置く必要がある、といったことが考えられます。

 

 

3.定着理論(Transfer of Training Theory)

3-1.Theory of Identical Elements

 この理論は、「学んだ環境が仕事環境と同一のものであった場合に定着する」というものです。

 

 例えば、パイロットが訓練で用いるフライトシミュレーターなどはこの理論を踏まえたものです。

 

 この例でも分かるように、この理論は、仕事で用いるスキルと同じスキル(closed skillsと言います)を学ぶ場合に有効です。

 そして、研修においては、できる限り同じような環境を作ってやる必要があります。なお、すべてを同じ環境にできなくても、仕事で体験する一連の流れの中の一部分を適切に切り出して体験させてあげることはできるでしょう。

 

3-2.Stimulus Generalization Approach

 この理論は、「学んだことが定着するには最も重要なポイントや広く通用する原理を理解させることが必要である」と提案しています。

 

 例えば、様々な状況において活用できるスキル(open skillsと言います)である、クリティカルシンキング(健全な批判精神を持った、客観的な思考)などを学ぶ場合、こまごまとした様々なケースにどう活用するのかを学ぶのではなく、この思考方法において最も重要な点を理解しなければ実践において使えるようになりません。

 顧客対応や災害対応などもopen skillsが求められる仕事です。ある程度のマニュアルはあるとはいえ、その時々の状況に対応する必要があり、研修においてすべてを教えたり学んだりすることは不可能ですが、お客様の話を聞くや人命第一といった、これは外してはならないという点を理解していれば、誤った対応にはならないでしょう。

 

4.仕事環境(Work Environment)

  ここまでいくつかの理論を紹介してきましたが、これらの理論を踏まえて、1.で述べた「1)Trainee characteristics:研修生の特性」に合った「2)Training Design:学習内容・方法・環境」を整える必要があるわけですが、見落としがちな「3)Work Environment:仕事環境」について述べたいと思います。

 

 個人的な経験ですが、研修前によくあるのは、管理職が、研修を仕事の阻害要因と捉えていたり、とりあえず適当な人を選んで研修に送り込んだりといったことがあります。

 また、研修後によくあるのは、上司は部下が研修に行っていたことは知っているものの、どんなことを学んできたかはよく知らず、また部下も研修中にたまった仕事を片付けるのに忙しいというものです。

 これでは全く研修が活かされません。

 

 研修での学びを効率的かつ効果的にするには、研修の前に以下の環境を整えてやる必要があります。

  • 上司は、研修に対して肯定的な発言をする。
  • 研修への参加は、極力自発的な参加を促す。
  • 上司は、研修の目的(仕事との関連性など)を十分に説明する。
  • 以前研修を受けた人がどのように活躍しているのかを周知する。
  • 上司は、研修で学んだ知識やスキルをどのように仕事の中で使う機会を与えるかを考えておく

 

 研修で学んだことを定着させるには、研修の後に以下の環境を整えてやる必要があります。

  • 新しく学んだ知識やスキルを使う機会を与える。その際、新しいスキルを試すには時間がかかることから、時間的な制約を設けない。新しいスキルを使うのに必要な道具をそろえてやる。
  • 上司や周りの社員が、新しく学んだ知識やスキルを使うことを推奨する。
  • 上司や周りの社員が、新しい試みを試した社員に適切なフィードバックをする。
  • 上司は、新しい知識やスキルの活用による成果に対して何らかの報酬を与える。

 

 せっかくの研修です。理論を踏まえて、最大限効果のあるものにしていきたいです。 

 

参考文献

1)Noe, R. A. (2017). Employee training and development (Seventh ed.). New York, NY: McGraw-Hill Education. 

2) クリティカルシンキング

  https://mba.globis.ac.jp/about_mba/glossary/detail-11759.html